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【アラベスク】  第5章 古都の夢



第2節 再会は甘く優しく [7]




 少し不愉快そうに相手を睨みながら、ゆったりと足を組みかえる。だが木崎は、笑って返すだけ。
「ずいぶんと、ご機嫌斜めですね」
「これ以上、怒らせたいのか?」
「まさかっ」
 大仰(おおぎょう)に両手を広げて、おどける。
「ただ私は、よろしかったのですか? と聞いているだけです」
「かまわんさ。どうせ俺など、居てもいなくても同じことだ」
「お盆くらいは、顔を出されてもよろしいでしょう?」
「爺さんが行けないんだ。俺が行くこともないだろう?」
「栄一郎様は、ご自分の存在が雄一(ゆういち)様のご負担になるのを気になさって、知多を離れられたのです。それは雄一様も… お父様もわかっておいでです」
「俺もそれは、わかっているつもりさ」
 ふっーと大きく息を吐く木崎。
塁嗣(たかし)様は、行かれるそうですよ」
「律儀なコトだ」
 血も繋がらぬ父親の元へなど、よく行く気になれるものだ。
 先ほど電話をしてきた、まずなにより生真面目さがとりえの長兄。結婚もし、父親と同居し仕事を手伝う、自慢の跡取り。
 一方、兄が取りこぼした不出来ばかりを受け継いだかのような自分。仕事もせず、ただ陰気な屋敷に引き篭もり、夜な夜な繁華街へ出かけていく。その目的は女ではないが、まぁ大した違いはないだろう。
 そんな二人に挟まれた霞流塁嗣は、慎二から見れば実に世渡りの上手な人間だ。
 どこかしら涼しげな雰囲気の慎二とは違い、甘く柔らかな美しさを備えた美青年。故に異性には当然モテるが、一見軟派かとおもいきや意外に礼儀も重んじる。
 だから同性や年上にも好かれやすい。
 次男ではなく三男である慎二に"二"という漢字が当てられた、その名づけの意味も知っている。なのに霞流家の人間として家業を手伝うような動向。事あるごとには帰省もする。
 故に世渡り上手なのだ。
 二枚目でありながらどことなく三枚目の雰囲気も漂わせる、実に好感の持てる顔を思い浮かべるや、侮蔑のような感情が湧き上がった。
「アイツは?」
「はい?」
「母さんは行くのか?」
 木崎は、それには答えない。
 だろうな。
 目を閉じて、納得する。
 霞流家と母との間に横たわる亀裂。そう簡単には修復できない。
 そう、たとえ慎二という存在があったとしても―――
「それよりも」
 重苦しくなってしまった空気を変えるべく、木崎がやや大きめに声を出す。
「てっきり、お出かけになられるものだと思っていましたよ」
 視線を自分の手元に落し、だが上目遣いに、そして意味あり気に視線を投げる。
「お出かけには、なられなかったのですね」
「あんな電話をよこしてくれば、出かけることもできまい」
「おや? なぜですか?」
 木崎の視線は飽く間で柔らかい。
 タヌキめっ!
 木崎本人、慎二の苛立つ心内など見透かしているのだろう。それがまた面白い。
「私はただ、大迫美鶴様を夕食にお誘いしました… とお伝えしただけでございますよ」
「わざわざ、伝えるような事柄か?」
「当然にございます。この家は慎二様と栄一郎様のお屋敷にございます。私は一介の使用人にすぎませんから」
「爺サマに伝えればいいだろう」
「もちろん、伝えましたとも。それとも―――」
 机の上に乱雑に乗せられたCDをそれとなく整える。
「お伝えしない方が、よろしかったですか?」
 ………………
「お前のその、回りくどい言い草が嫌いだ」
「失礼いたしました」
「狙っただろ?」
 とても良くエアコンの効いた部屋。だが、涼しさを感じるのは、エアコンの効果だけだろうか?
「彼女が来れば俺は出かけないと、計算したな?」
「そうなれば良いとは思いました」
 いまさら、隠すこともない。
「以前、美鶴様がお泊りになられていた頃、慎二様は夜の外出を控えられました。今回も、そうなれば良いとは思いました。ですが―――」
 口を挟もうとする慎二を、強引に制する。
「美鶴様をお連れしたのは、慎二様のためではございません。それはおまけのようなモノにございます」
「おまけ………」
 俺の存在はおまけ扱いか。これで一介の使用人とは、よくもまぁシャアシャアと言えたものだ。
 眉を潜める慎二へ、眉を上げて返す。
「慎二様も、気づいておられたのでしょう?」
「何をだ?」
「卑怯にございますな。私は隠さずお話しておりますのに、慎二様のみが惚けるのはいかがなものかと思いますよ」
 これだから年寄りは嫌いだ。







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